当たり前が幸せと知った日のこと Part1

最近ネタがなくなってきたので、自分の体験を書きたいと思います。

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今から約6年前、いつもの日常が突然どこかへ消えてしまいました。

2月の終わりに、当時小学校3年1組の担任だったG先生から突然「学校が終わる」と告げられ、たくさんの写真が入ったスライドが流され、涙を流しながら校門を出たあの日のことを、今でも鮮明に覚えています。

2020年、孤独な春の幕開けです。

学校にも行けず、学童にも行けず、やることもなく、毎日おじいちゃんの家に通いました。

ニュースから流れてくるのは、コロナの話題ばかり。

今日の新規感染者数過去最多”

○○人が死亡”

“▲▲で集団感染

見ているだけで息が苦しくなるような言葉が痛いほど飛び交いました。

さらに、4月には緊急事態宣言が出され、外出の自粛が呼びかけられました(~5月25日)

(それでもサイクリングには行ったが、遠出は一切できなかった)

家に閉じこもり、ぼーっとしているだけの日々が続きました。

6月、分散登校という形で学校が再開(7月に通常登校再開)

しかし、これが「本当の意味での」地獄の始まりでした。

〜Part2に続く〜

2026年4月5日(日)

若葉の季節

ボーっとしているうちに5日経ってしまいました。ここ最近システムに不具合があり更新できませんでした。本当にごめんなさい。

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自然な笑いが生まれるようなちょっと面白いお話をして新年度を迎えたいと思っていたその時、

軋むような音の後に、押されたり引っ張られたりするような横揺れに襲われました。

その後、テレビから警報が鳴り、SIMカードを抜いた古いスマホやサポートが切れたタブレットの大合唱が始まりました。

最大震度は5弱(立っているのが怖いレベル)。日高市は震度1(屋内にいる人の一部が揺れを感じるレベル)で、震源は茨城県でした。

突然襲ってきた揺れに怖くなった俺は、机の下に逃げ込みました。

1日は19時から塾で、早めの夕飯を食べた後に塾へ向かいました。

年度が変わり、月曜日と金曜日の21時という最悪の時間帯からずらしてもらい、生活の自由度が少しだけ上がった気がします。

これからは高校生という自覚を忘れずに、確実に前に進んでいきたいです。

2026年4月5日(日)

おじいちゃんの凸

31日の夕方6時、塾の自習室で手直しをしようと思っていたキャリアパスポートを探していた時に親から電話があり、こう言われました。

置き配ができないから玄関で直接受け取るように言われ、電話を切った次の瞬間…

モニターに写っていたのはなんと、

郵便局が来るとは聞いていたけどまさかおじいちゃんとは…

数年前に多発した強盗事件で来客対応が怖くなってしまった俺でも、おじいちゃんと分かると胸の糸が緩みました。30分ぐらい話したかな?

例のごとく野菜を背負って持ってきてくれたはいいんだけど、4袋ぐらいあって悪くなる前に使いきれるか心配…

結局、1人の時に郵便局は来ませんでした。

その後、お父さんから迎えに来てほしいという連絡を受け市役所へ。

そして、2026年度が終わりました。

2026年4月2日(木)

月曜日のこと

電車で1時間ぐらいの所に異動が決まったお母さん。

朝起きると、お母さんの姿はありませんでした。

布団に潜って午前を過ごし、お昼は牛丼の具をご飯にかけておいしくいただきました(賞味期限が怪しかったけど冷凍していたからか大丈夫だった)

食べた後は洗い物。我が家のために何かしてやっていると思うと、なんだか爽やかな気持ちになります(自立・貢献)

ボーっと過ごした1日…これは問題アリ???(焦る必要はないかもしれないけど放置したらまずい。遅くとも入学式の前には解決しないといけない)

夜8時からは通常授業。4月以降は月曜日と金曜日だったのを火曜日と水曜日に移してもらったので、月曜日の通常授業はこれが最後でした。

自習とか夏期講習でもない限り、月曜日に塾に来ることはもうありません。

先生が同じ部屋にいた他の先生と話をしていて集中できなかったです(笑)

いろいろあった2025年度が終わりました。

これからは高校生、気持ちを切り替えて一日一日を大切に過ごしたいと思います。

2026年4月1日(水)